Life Itself

生活そのもの

2018/01/16

今日のヨガはきつかった。アサナ(ポーズ)がゆっくりと正しく行えているように、細かいところを丁寧に見ていく。この丁寧に見るというのがとにかく辛い。

 

うん、今日は辛かったのだ。辛いと思いながらヨガをやっていた。

 

集中していなかったわけではないし、真剣にやっていたのだが、辛くてしんどくて前向きにヨガをやれていたわけではなかった。そういう日もあるさ、と言い訳をしてみる。グナの変化が、とかまぁそういうことなんだけれど、いつも前向きに取り組むことができるわけではない。

 

最後のシャバーサナ(全てを手放した屍のポーズ)のときも左のこめかみのあたりが詰まっている感覚があって、それが気になって力が抜けなかった。ティンシャの音でシャバーサナから起き上がって今日は最後までなんだかなぁと思って、あぐらをかいて座ると、そのこめかみの詰まった部分がゆっくりと耳の横から首に流れてそのまま体の中心を通って地面の方に沈んでいった。その沈む感じというのがなんとも気持ちよくて、それは5秒くらいなものだったけれど、その5秒のおかげで辛くてしんどかったヨガをやってよかったと思った。辛くてしんどいヨガをしなければ、その5秒はなかったかもしれない。

 

帰路はずっと『レヴェナント』のサントラを聴いていた。坂本龍一。音と音の間。音と音の間なのだからそれは静寂だ。その間は静寂で空白なのであって、そこを何かで満たす必要はない。何かの意味を付与する必要はない。