Life Itself

生活そのもの

2018/12/17

昨夜から少し心が乱れている。ささいな言葉がきっかけではあったけれど、その言葉を受けて、自分がなぜ今の生活をしているのか、なぜこの日記を書いているのか、なぜヨガをしワークアウトしているのか、よくわからなくなってしまった。気持ちが悶々として、書くにも何を書いたらいいのかわからない。
 
日記を書く意味はあるのか、と自分に問えば、意味はあるのかもしれない。毎日を言葉にしていくことで、この1年はようやく前に進んでいる感じがあった。発症した脳の症状、家庭を持ったこと、赤ん坊が産まれたこと。小さいとは言えない変化を伴うこの1年の日々を生きていく中で、毎日の振り返りとして言葉にすることが、自分にとってどれだけの助けになり、心の安定剤となっただろうか。言葉にすることで、ときに受け入れることが難しい変化を、咀嚼しわかりやすくするという作業をしていかなければ、僕の性格上、きっとどこかに綻びが生じていた可能性が高い。そんなことは今になってはわからないことだし、考えても仕方がないんだろうけれど。
 
しかし、これから先、ブログとして公開していく意味はあるのだろうか。この点についてはもう一度考え直してもいいのかもしれない。こんなブログ、誰が読むわけでもない。将来、僕の家族が読んでくれる可能性もあるが、それならば紙ノートやクラウド上のノートとして残すだけでいいのではないか。わざわざ公開する必要はどこにあるのだろう。
いまは冷静に考えることができないから、この点については時間を置いて改めて考えたいと思う。
 
赤ん坊がハイハイをするときは本当に近そうだ。這いつくばって前に進む動きは昨日と今日でできてしまっている。ただ、いわゆるハイハイの形にはなっていない。赤ん坊は変化を受け入れるのが本当に上手だ。

2018/12/16

赤ん坊は今までできなかったことが突然できるようになるので、油断していると最初のそのときを逃してしまうことになる。
 
ここ数日で手で自分の足を掴むようになった。たまにしか掴むことがないが、いつの間にか掴むようになっていた。最初のその時は見ていなかった。
今日、はいはいをしそうな兆しを見せた。うつ伏せになると手を前にかくような仕草を見せて、妻が足のところで壁を作ってやると、それを蹴るように前に進んだ。壁を作らなくても、お尻を高く上げて前に蹴り出そうとする。布団の上だから前に進まないだけで、ヨガマットの上とかだったら、もしかしたら進むのかもしれない。今日の感じからすれば、ハイハイをするのもそう遠くはないようだ。最初にハイハイする瞬間は見逃したくない。
 
iPhone上に保存している写真は、勝手に顔を判別して、その顔(人)毎にフォルダ分けをしてくれる。既に大量に撮っている赤ん坊の写真も、赤ん坊の顔がしっかりと判別され、赤ん坊のフォルダができている。
今日、妻が赤ん坊のフォルダを見ていると、僕が赤ん坊の頃の写真が混ざっていることに気づいた。先日、実家に帰省した際に、アルバムの中の写真をiPhoneカメラで撮っていた。たしかに僕の赤ん坊の頃の写真を見たときに、娘の顔とよく似ていることに皆が同意していたが、娘と同一人物として認識されるほどのものだとは思わなかった。妻と娘と3人で歩いていると、娘は妻に似ているとよく言われる。だが、僕の赤ん坊の頃と娘は、AIが同一人物と認識するほど似ているのである。娘のフォルダに僕が混ざっているのはとてもおもしろかったし、僕としては嬉しかった。

2018/12/15

血液検査の結果により、ようやく本格的に体を絞るつもりになって何から始めようか考え、せっかくapple watchもあるのでワークアウトアプリを試すことにした。
 
既に利用しているタスクアプリのStreaksとの連携ができることから、Streaks Workoutというアプリをダウンロード。
 
一昨日から始めて2日間試してみて、結構いい感じである。時間を指定してただスタートボタンを押すだけなのだが、アプリ側が勝手にワークアウトの内容と回数を指定してくれて、指定されたワークアウトの回数が終わって画面をタップすれば次のワークアウトを指定してくれる。ワークアウトしたい全体の時間さえ決めれば、次から次へとワークアウトの内容を指定してくれるので、何も考えずにただこなすだけでいい。ワークアウトをどのようにすればいいかもモーションで教えてくれる。モーションだけではわかりにくいものもあるが、意外とヨガでやったことがあるものが多く、そこまで困ることはない。自重トレーニングなので、道具も不要だ。
どのようにメニューが割り振られているのかはわからないが、毎日ワークアウトのメニューは異なっている。下半身に負荷がかかるワークアウトが多いのがいい。
 
2日間でかなりの筋肉痛となっているが、筋肉痛が心地いい。ワークアウトは着手するまでが面倒で億劫だが、いざやってみると体への変化がすぐに表れて楽しくなる。間食はまだ完全に止めることができていないが、量は確実に減っている。

2018/12/14

昨夜は久しぶりの飲み会ということもあって楽しかった。そんなに多くの量を飲んだつもりはなかったが、しっかりと酔っ払うほどには飲んでいて、今朝の目覚めはすこぶる悪かった。今日は自宅勤務の日だったので、だいぶ助かった。
 
赤ん坊は明るい曲調の音楽がかかると手足をバタバタさせてとても喜ぶ。お気に入りはDA PUMPの『U.S.A』で、妻がダンスをしてみせると、さらに楽しそうにする。『まんぷく』のドリカムの主題歌もお気に入りだ。意外なところでは、コーネリアスの『Mellow Waves』で、あのゆったりとした感じも好きみたい。僕個人としては嬉しい。というか、音楽に反応してくれれば、なんだって嬉しい。将来はフジロックに一緒に行くつもりでいる。
音楽というのは、やはり反応である。体が勝手に反応するし、明るい曲調だったら楽しくなって、暗い曲調だったら悲しくなる。変なメロディー、曲調、リズムに対しては気持ち悪いと感じる。赤ん坊はしっかりと反応していることがわかる。音楽は数学的である。

2018/12/13

赤ん坊と一緒の部屋に寝ることになって、寝落ちるまっで部屋の明かりをつけて本を読むということができなくなってしまったから、直近で開催されたAmazonのセールを機に、最新のKindle Paperwhiteを購入した。初代Kindle Paperwhiteは持っていたのだが、動きがもっさりとしていて充電もすぐ切れるようになり、このところ使っていなかった。今回のKindle Paperwhiteは防水機能がついているということもあり、購入に踏み切った。使ってみて正解である。防水機能は風呂で読むことができるようになって嬉しい限りだし、もっさりした感じもなく、ストレスフリーに使用することができるようになった。
 
Kindleを購入してから暗闇の中でも快適に本を読むことができるようになったが、寝る前にどんな本を読むかというのはなかなか迷うものである。紙媒体で購入した本が積読になっていて、昼はそっちを読みたいから、必然的にKindleでは他の本を読むことになる。小説でもなんでもいいのだけれど、小説の場合、昼に読んでいるものと内容が似ていないものにしたい。似たテイストの物語だと、内容が混ざってくるし、せっかくいい本であっても読後感が少し濁ることが多い。
昼はゆっくりと堀江敏幸の『その姿の消し方』と、須賀敦子の『コルシア書店の仲間たち』を読み進めている。というところで、夜に何を読もうかと探しているのだけれど、ベストなものが見つからない。夜に読む本の条件として、そのままバタンと寝落ちたいから物語の力が強すぎないこと(次へ次へとページを繰りたくなる類の物語ではないこと)、暗い物語ではないこと、難解な内容ではないことなどがあって、この条件にあう本というのがなかなか見つからない。筒井康隆カート・ヴォネガットなどを試してみたが、いずれもあまりしっくりこなかった。もちろん、寝る前の本として、という話である。
 
長編がいいのかもしれない。今夜は、トルストイの『アンナ・カレーニナ』を読んでみよう。
 
ところが、今日は仕事のチームの忘年会である。久しぶりに酒を飲む。普段はほとんど飲んでいないから、遠慮せずに飲む。だから、夜本を読むなんて気分にはなれないかもしれない。

2018/12/12

1ヶ月に1度の病院の日で、今日は先月の血液検査の結果を聞く予定になっていた。赤ん坊が産まれてから、ヨガは毎日続けているがそこまで負荷はかからず、また自宅勤務が増えたこともあって、体を動かす時間が減った。酒はほとんど飲まなくなったが、相変わらず甘い物好きで毎日食べている。結果がよくなるはずはない、そう思ってはいたが、案の定、全く良くなかった。
 
僕の年齢からするとコレステロール値がだいぶ高く、これを正常な値まで戻すには相当な努力がいるだろうと言われた。1に食生活、2に運動。生活習慣だ。自覚があるだけに、これまで改善の努力をしてこなかったのは、僕が医師の立場だとかなりやっかいだと思うだろう。また今日から俺は!という話になるのだけれど、運動をしていこうと思う。ヨガだけでは全然足りていない。どうにかウォーキングの時間を見つけ、また家でできる筋トレなどのワークアウトを取り入れていこうと思う。寿命というなら受け入れるしかないが、生活習慣による突然死で娘が成人する姿を見ることができないというのは洒落にならない。

2018/12/11

騙されるように(まぁ実際に騙されたわけだけれど)設置することになったウォーターサーバーだが、今のところ重宝しているし、とても助かっている。2リットルのペットボトルを定期的に買うよりもだいぶ高くついているけれど、水そのものはとても美味しいし、赤ん坊のミルクを作る時間も大幅に短くなった。妻と僕の遠慮しがちな使い方は滑稽ではあるが、ウォーターサーバーのたたずまいはスタイリッシュである。2年間はそのまま使い続けていきたいと思う。
 
僕は枕元に水がないと安心して寝ることができなくて、これまでは2リットルの水を枕元に置いていたのだけれど、起きて飲むとしても口をつけて飲むことになり衛生的にどうかとずっと思っていた。そこにウォーターサーバーの出現。飲む分だけをついで枕元に置いておけばいい。とても衛生的。申し分なく最高。ちょっと高いけどね。そう思い、一昨日からマグカップに蓋を付けて寝るようにしていた。枕元に水を置いても必ずしも飲むわけではないが、せっかく置くのだから並々に水をついでおくのが僕にとって大切なポイントである。
今朝起きると、マグカップについでいた水がなくなっていた。そして、マグカップは倒れていた。蓋がついていたから大丈夫なはずだと思い、畳の上を触ってみると湿っている…そんなはずはないと布団を触ると布団も濡れていた。
 
今朝は朝一から妻に叱られてしまった。マグカップに蓋を付いていたって、倒れたらこぼれるって言ったじゃん。でも蓋がついているんだから、そうなるとは思わんかった。完全に僕が悪いとわかっていても、簡単に謝罪の言葉を発しないのが僕にとっての大切なポイントである。
 
今日から俺は。水筒に水を入れて枕元に置きます。
 
つまらない日記書いてしまった。でも、『僕らは奇跡でできている』の最終話が面白くて、美味しい珈琲を淹れることができたから良い1日だった。