Life Itself

生活そのもの

2018/08/30

最長でも20分、短ければ5分という時間ではあるが、今のところ毎日の瞑想は続けることができている。昨夜は20分の瞑想をした。
 
赤ん坊と同じ部屋で瞑想をしているのだが、そうすると必ずしも静かな環境というわけでなく、むしろ少し騒がしいことのほうが多い。
たとえ最初は静かであったとしてもいつ赤ん坊が騒ぎ出すかわからない。瞑想をしていても常に聴覚は働いているので、赤ん坊の雰囲気もなんとなく感じ取りながら瞑想をしている。環境を選ぶことはできない。その状態を受け入れて瞑想をするしかない。
 
これまで瞑想をしてきて、静かな環境の中で瞑想をできたことのほうが少ないが、環境が騒がしいからといって必ずしも心まで騒がしくなるわけではなかった。
騒がしい環境の中で瞑想を続けていると、最初はその騒がしさに心もざわつくのだが、時間が経つうちに心が静まる瞬間というのがおとずれる。それがとても心地良い。
これは騒がしさの原因が自分の娘だからということもあるのかもしれない。騒がしいと言っても、工事現場の中で瞑想をしているわけではない。だが、瞑想は静かな場所でするべきだという考えをまず捨てたことがよかったのだと思う。ヨガもそうだが、とりあえず毎日続けてみるという気持ちで瞑想をしている。先生にした方がいいと言われたことがきっかけではあるけれど、特に何か効果や結果を求めているわけではない。赤ん坊が産まれてから特にだが、ヴァガバッドギータで書かれている行為のみに集中するということの大切さを感じている。