Life Itself

生活そのもの

2019/09/07

今朝になって妻の風邪がぶり返して、また熱が上がってしまった。実は今日は僕の誕生日でいくつか予定があったのだけれど、それらを全てキャンセルし、僕が娘の面倒をみることに。

昼過ぎまで娘はずっと元気で、今日ヨガができないのは仕方がないかもしれないなぁと思っていたのだけれど、14時頃ぐずり始めてコニーで抱っこしたらすぐに寝た。ぐずった声を聞いた妻が、一旦妻の布団で寝させて、起きたら授乳すると言ったので、しばらく妻に預けることにした。少し疲れて何もする気が起こらなくて30分くらいうとうとしていたのだが、今日は誕生日だ、これまで80日近く30分ヨガを続けてきたのにわざわざ誕生日にストップする必要はないと急に思いが浮かんで、それからヨガと瞑想をした。フルでできた。ちょうど瞑想を終わった頃に娘は起きた。

そもそもこの年齢になると、誕生日は特別なものであるわけではない。自分が今日何歳になったかだって、今の西暦から自分が生まれた西暦を引いて計算しなければ、明確にわからないのだ。

何もしない誕生日ではあったけれど、娘とずっと一緒にいることができた。昨年の今日はまだ笑うことさえできなかった娘は、今日何度も笑って、しかも歩き回っていた。 朝、具合が悪いにもかかわらず、妻と娘は僕に手紙を書いてくれていた。妻はメッセージを、娘はよくわからない線を書いていたが、とても嬉しかった。

これ以上なにも思い浮かばない。きっと誕生日の予定がキャンセルになったことに僕は少しがっかりしていて、でも今日はそんな悪い日ではなかったよなぁ、娘の面倒を見るのはちょっと大変だったが、けっこう楽しかったよなぁと思っている。ガッカリしている事実を隠すために色々書いて、隠すもなにも本当に楽しかったじゃあないか、そんなところだと思う。

悪い誕生日ではなかった、ということだ。