Life Itself

生活そのもの

人見知り間近

昨日久しぶりに赤ん坊をお風呂に入れるとギャン泣きされてしまった。しばらく一緒にお風呂に入っていなかったことが原因だとすれば完全に僕が悪いわけだが、ギャン泣きのレベルがめったに達しないマクスに近いくらいだったので、何が起こったのかと妻が様子を見にきた。お風呂に入った赤ん坊の体はみるみる赤くなってきて、思わずそのまま妻に赤ん坊を預けた。
 
今日、朝一で赤ん坊と妻の様子を見るために市から派遣された人がやってきた。在宅勤務中だった僕は直接対応していないが、赤ん坊はいつも見せるはずの笑顔をその人には見せずに少し警戒した様子だったらしく、その人は赤ちゃんもそろそろ人見知りが始まる時期だからねぇと言っていたそうだ。人見知りをする赤ん坊の中には、父親にも人見知りする子もいるらしい。毎日一定時間顔を合わせているからそんなことはないと信じたいが、たまに僕の顔を見るなり原因もわからず泣くことがあるし、昨夜の風呂の1件もあるしで、もしそれらが人見知りの兆候だとしたら、本格的な人見知りの時期を迎えることがとても恐ろしい。僕の顔を見るたびに泣くということになるのか。たとえ人見知りが原因だとしても、何もしていないのに泣かれるくらいショックなことはない。愛想がない顔であることは知っているけどさ。
 
今日だけで折坂悠太の『平成』を3回は聴いている。在宅勤務だったので音楽を聴きやすい環境であったということもあるが、聴けば聴くほどまた聴きたくなる。まず声がいい。聴いていて疲れない。そして音楽に深みがある。多国籍のテイストがありながら、とても日本的だ。日本語が美しい。何よりライブで聴くと楽しそうな音である。昨年のフジロックで見逃したのは悔しいが、きっと近々ライブを観る機会はあるだろう。
 
ちょうどここまで書いてきて、『丑の刻ごうごう』のラスト 朝間近 足音間近 朝間近 足音間近 と歌っているのが聴こえてきた。間近 間近と聴いていると、あぁ 人見知り(まで)間近 かと思って少し憂鬱になった。