Life Itself

生活そのもの

2019/02/07

月に5回ほどではあるが、在宅勤務をするようになって、自宅の部屋で仕事をすることが多くなった。
このブログを始めるまでは自室で仕事をするのは難しいと思っていたが、そんなことはなかった。確かに誘惑も多いが、テレビを置いているわけではないし、極力スマホもいじらないように意識できている。それまでは外でないと集中できないと思っていたが、今では自宅の方がよほど集中できる。誘惑が多いのは外も同じことだ。集中するまでに時間を要する。自室の方が集中できるのは、家族の協力があってのことで、自室にいるときにはあまり干渉しないようにしてくれているからだ(妻にとって僕の部屋が物が多すぎるというのが、入ってこない理由なのではあるが)。
 
自室にいるとスピーカーで音楽を聴くことができるのがいい。イヤホンを使わない分、ただでさえ耳鳴りが多い耳に負担をかけなくて済む。CDやレコードで音楽を聴くのは楽しくて、あまりレコードを聴くことはできていないが、CDの数がどんどん増えてきた。最近気になっているのは、少し前のブログでも書いたように、折坂悠太と寺尾紗穂。Beirutは新譜が出たのでより一層聴くようになったし、Vampire WeekendやArctic Monkeysなど同世代のミュージシャンも気になっている。寺尾紗穂は結構前から名前だけは知っていたけれど、坂口恭平のバンドに参加していたことから本格的に興味を持って、昨年に購入したエッセイ『彗星の孤独』を最近になって読んでいる。このエッセイは風呂に入りながら読んでいるのだが、ちょうど昨日読んでいたところで坂口恭平の名前が出てきて、坂口恭平とバンドをしたときの前座が折坂悠太だったということを知った。折坂悠太は昨年のフジロックにも出ていたから、そこで観る機会があったのだ。昨年には折坂悠太という存在自体知らなかったから、たまたまステージの前を通りかかるとかではない限り観ることはなかっただろうが、観ることができたのに観のがしていたというのは悔しい。
彼も少し年下だが、同世代だ。僕は同世代の人と音楽の趣味が合ったことはあまりないのだが、折坂悠太の『無人島 ~俺の10枚~』ではThe BandやVan Morrisonを選んでいて、1世代上が好きだったような音楽を好んでいるようで、それでまた一層気になる存在となった。折坂悠太、いったい何者なのだ。