Life Itself

生活そのもの

2018/08/01

フジロックに帰ってきてから気づいたことの1つは、泣き声のバリエーションが増え、またその音量も大きくなっていることだ。
今日は大濠花火大会で、僕らのマンションまでその音が響くので赤ん坊は驚くことだろうと思っていたのだが、花火が始まるとやはり何度も目を覚まし、しかも大きな泣き声で泣いていた。花火の音に負けじと張り合っているかのような音量で、しかも花火の音と同じようなリズムでおならをするのである。花火が終わったあとも興奮は収まらないようで、泣き声はどんどんその激しさを増す。妻が授乳をすると一旦は泣き止むものの、またすぐに泣き始める。顔は真っ赤。泣き声は、時にビブラートを効かせ、その伸びもまた素晴らしい。しかも全身で感情を表現するのである。手を使い、足を使い、頭は左右に振る。さぞかしエネルギーを使うことだろう。汗もびっしょりだ。
今の僕ならどんなに泣いてもこんな泣き方はできない。