Life Itself

生活そのもの

2018/05/30

気づいてはいたけれど、福岡の車の運転は本当に荒い。今日、速度を落とすことなく突っ込んで左折してきた車に、母が危うく轢かれてしまうところだった。これから車を運転する機会も増えてくるだろうが、荒い運転をする車からのもらい事故には注意しなければならない。街中をベビーカーで押して歩くのも考えものだ。ベビーカーで押して歩くと、押す側である僕ら夫婦と押される側であるベビーカーに乗る赤ん坊の間にどうしても距離ができてしまう。この距離が、万が一事故に遭ったときに致命的になりかねない。福岡市内ではできる限り抱っこ紐で移動すべきだと改めて思った。

 

購入したキッチン棚が届いた。今までは100年前くらいのアンティークのトランクの上にレンジやトースターなどをむき出しで置いていて少し危なっかしかった。子どもが歩き回ることができるようになれば、すぐに手が届く場所にそれががあることになるので、今回を機にちゃんとしたキッチン棚を買うことにした。組み立てるのには少し時間もかかったし疲れはしたけれど、だいぶスッキリとした。これでひとまず安心ではある。

これから赤ん坊を迎えるにあたって妻と話し合う中で、今まで住んでいた部屋がいかに2人だけのための空間であったかということに気付かされた。それが悪いというわけではなくて、お互いに多少の不満を持ってはいても僕ら2人によってそれぞれが快適に生活していくために形成された居住環境であったということだ。赤ん坊なり猫なり、僕ら以外の誰かを受け入れるには、あまりに柔軟性のない居住環境であったのである。今まで気づかなかったのではなく、気づいていながらも知らんぷりしていただけなのかもしれない。

妻が妊娠してからは、だいぶ部屋の感じが変わったのではないかと思う。趣味に偏りすぎていた部屋が、その趣味性がだいぶ削ぎ落とされてその分生活感が増した。多くの人が経験する通過儀礼のようなものかもしれないが、僕にとってはかなりのエネルギーを要する経験であった。居住環境が大きく変わったことに不満は全くなく、むしろスッキリした気持ちがしているのは不思議であるが。