Life Itself

生活そのもの

2017/12/08

本を読むときには、その世界に浸りながらも、そこから連想したり、またあまり関係のないことを考えたりしていて(考え続けていくうちにやはりそれが読んでいるものとが関係しているがほとんどなんだけれど)、いちいち立ち止まりながら少しずつゆっくりと読み進めている。少し前から古井由吉の『槿』を読んでいて、あともう少しで読み終わりそうである。本は付き合う時間が長いので、読み終わりそうな頃になると、その世界からの離れ難さを覚える。と同時に、次に読む小説も考え始めていて、読み終わりそうなこの時期というのは、その世界への執着と新しい世界への期待が入り混じる。

 

槿』を4分の3くらい読んだあたりから、次に読む本は決めていた。日野啓三の『天窓のあるガレージ』だ。講談社文芸文庫から新しく出ていることをジュンク堂で見つけて以来いつ買おうか、読もうかずっと悩んでいたが、槿』を読んでしばらくして今がそのタイミングだと思った。

 

今日の仕事後に買いに行こうと決めて昨夜何気に積読の本を眺めていたら、その上から3冊目あたりに『天窓のあるガレージ』があった。既に購入済みだったのだ。いつ買ったのかは覚えていないが、発売が2017/9/9とあるので3ヶ月以内に購入しているのは間違いない。たぶん発売されてからすぐに書店で見つけて、その時点で買っていたのだろう。ジュンク堂で発見したのは2回目の発見だったということだ。まぁ、よくあることである。買うのを忘れるのが嫌なので、目についた時点ですぐに買うようにしているから、積読の本も山ほどある。埋もれて忘れてしまうのも当たり前のことかもしれない。

ただ、日野啓三で言えばもう1つあって、3ヶ月前くらいに図書館で借りた『台風の眼』が面白くて最近また読み返したくなり、スマホで好きな時に読めるようにと3日日前の夜に電子書籍で買おうとしたところ、これもまた既に購入済みだった。Amazonで購入した日を確認したところ、2014/8/29だった(3年以上前!)。電子書籍で持っていながら図書館で借りていたということになる(もし僕が借りている間に借りようとしている人がいたとしたらゴメンナサイ!)。

 

本当にどうでもいいことではあるのだけれど、この出来事にちょっとした幸せを感じた。新しく買わずに済んだということもあるが、淡いながらもなんとなく3年以上の間ずーっと、日野啓三の小説のことが頭のなかにあったということが。