Life Itself

生活そのもの

SFCがまたやって来たヤァ!ヤァ!ヤァ!

今日はオールデイオフにした。というのも、スーパーファミコンミニ(正式名称はニンテンドークラシックミ二スーパーファミコン)が家に届く日だったから。

 

僕は昭和60年生まれで、このスーパーファミコンミニに入っているソフトの半分以上は自分で所有していたか友人の家で遊んでいた。小学校を卒業してすぐに寮に入って、寮ではゲームをすることができなかったので、僕がゲームをやっていたのは小学生までだた。学校が終わって家に帰ったら一人でもしくは弟とゲームをして、友達を家に呼んではゲームをして、友達の家に行ってはゲームをしていた。小学校3年以降はゲームなしには小学校生活を語ることができない。そのゲームをまた遊ぶことができる!

 

このスーパーファミコンミニはなかなか手に入れることができなかったけれど、最近では多くの店頭でも購入できるようになっているようで、僕はジョウシンWebで購入した。

家に届くまでが待ち遠してくて待ち遠しくて。マリオカートのビーチステージ(と呼んでいいのかな)は、どのような音楽か忘れてしまっていたけれど、大体の感じは覚えていて、音楽をバックに水を駆け抜ける車のバシャバシャといった音を思い浮かべるだけでグッときてしまう。その他にも、スーパーマリオワールドヨッシーアイランドスーパーマリオRPGファイナルファンタジー6ストリートファイター2など当時遊び尽くしたゲームばかりが入っている。

 

今日スーパーファミコンが届いてずっと触っていたけれど、小学校の頃にやっていたゲームはほとんど何も考えずに操作することができた。小学校卒業してもう20年。あれからほとんど触っていないはずだが、体や記憶はしっかりと覚えている。

明日からは今日ほど時間をかけてプレイすることはできないが、家の中にあるだけで、当時の記憶が呼び起こされる。昨年、小学校の同窓会があって、今年に入ってからも当時の友人たちと会うようになっていたが、小学校の友人というのはいつになっても小学校のときの友人のままで印象が大きく変わることがない。というか、小学校の友人と接するときの僕は、それ以外の友人と接する僕とは明らかに違っている。小学校の時の自分に戻っているというよりは、彼からと接するときしか出ない自分がいる。スーパーファミコンをやっている時の今日の自分も、途中で敵にやられると悔しくなるし、妻と一緒にマリオカートをやっても、ドンキーコングを使ってドリフトしながら当時と同じように操作して、勝つと本当に嬉しくなる。この嬉しさはスーパーファミコンでしか味わうことができない。ただひとつ違うのは、片手にお酒を持っていること。

 

スーパーファミコンが楽しすぎて、今日はお酒をかなり飲んだ状態で書いた。酒を飲みながら書くのは僕には無理みたいだ。ブコウスキーよ。